No.134_コラム

コラム

具体的なことは面白い。

先日、あるワークショップを開催した。模造紙のうえに題材を書いて、そこから連想するという作業だ。抽象的な題材から発想できる具体的な事例をあげて、紙の上に書いていく。書かれた事例からまた別な発想が生まれ、1時間程度で模造紙は埋まっていった。

自分が感じたり考えていることを言葉にして書き出すと見えてくるものがある。書き出すことの利点を使って経営分析をするのによく使われるのはSWAT…じゃなくて、SWOT分析だ。

他人が書いたSWOT分析を観ていると面白いことに気がつく。書き方や表現で役に立つものになったり、役に立たないものになるのだ。

抽象的で大雑把な言葉はある人にとっては強力な表現になるし、別な人にとっては単なる逃げの表現になる。実際に実務に関わっている人と関わっていない人では同じ言葉でも別な意味になる。

例えば「自然農法」ということば。実務を行っている人なら地産地消イコール「S氏の畑のほうれん草」、「N氏の家で取れた卵」、「M氏の庭で取れた柿」というふうに、より具体的なものにすることができる。

実務に携わっておらず言葉だけで「地産地消」と言っている人は、具体的な固有名詞はでてこないし、「S氏」「N氏」「M氏」の顔も思い浮かばない。ほうれん草のあま味も、卵のうまみも、柿のシブさも思い出せない。

さらにいうと、「ほうれん草」も人によって違って聞こえる。「ほうれん草」を栽培している人にとっては「ほうれん草」が、さらに「アグレッシブ」とか「オシリス」とか「アクティブ」とかの品種に別れ、それによって栽培時期、場所、味、売値など別なものとして連想される。経験・体験によって人それぞれに見え方が変わるのだ。

先日も、ラーメン屋でタンタン麺を注文したが、「タンタン麺」と「マーラータンタン麺」の違いがわからない。食べたことのないものは味が想像できないから選ぶことは難しい。経験がないとカンで選ぶしかなくなってしまう。

その人にとって“初めて”の経験は“全て”の経験となる。「辛くておいしい」と思う人もいれば、「辛くて食べられない」と思う人もいる。次の選択は、初回の経験から想像してきめるのだ。そういった意味で、提供するものの品質を高めておかないと相手にとって“良くない”と評価されるような経験を積ませてしまうことになる。

短期で終わるようなものならば、品質が多少悪くても逃げ切れるけれど、長く続けるならば、具体的に品質を上げなければ相手は離れてしまう。相手が望んでいないものを提供すれば、お客さんは次には来なくなってしまう。

より具体的な相手を思い浮かべ、より具体的な細かな
ことを書き出す。その上で、対応策や計画を考えてみる。抽象的なことから考えるよりも実際的なアイデアが浮かぶことがあり、かなり強力な武器になる。

「経営指針をつくる会」で行うSWOT分析などの自社分析も書いたものをサポーターに見てもらったり、同友会の例会で自社の具体的な例を話して他の人に意見をもらうことは、自分以外の目から自社を見ることになり、自社をより深く理解するに役立つ。他の人の意見をきくことで、自分の状況を「岡目八目」的に見ることができる。第三者的な視点を利用することで自分の感情に振り回されないように冷静に見ることができる。

では、「岡目八目」とは何か。岡目八目とは実は、同友会や心理学、宮本武蔵の五輪書などでも語られている方法だ。同友会では「鳥の目、虫の目」、心理学では「メタポジション」、五輪書では「観の目、見の目」。それぞれ微妙に違うが、がそれぞれものの見方について語っている。紙面も尽きたので詳しい話は、またの機会に。

[文責]専務理事
石綱知進

栃木県中小企業家同友会

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