『 No.82 』カテゴリーの投稿一覧

No.82_目次

発行日:2016年 2月25日
発行者:栃木県中小企業家同友会
〒321-0968 栃木県宇都宮市中今泉2-3-13
TEL 028-612-3826 FAX 028-612-3827
E-mail:t-doyu@ninus.ocn.ne.jp
URL:http://www.tochigi.doyu.jp/
企画編集:広報委員会 印刷:有限会社 赤札堂印刷所
※左の画像をクリックするとPDF版がご覧いただけます。

No.82_連載01:私たちは「中継者」

連載 01 私たちは「中継者」(下野新聞 2015年2月11日掲載)

連載01 下野新聞

当社は創業48年を迎える。父の後を継ぎ、私が社長となり、19年が経つ。引き継いでしばらくして「会社を創った時、こんなに長く続くとは思わなかった」と父がつぶやいた。

当時、父が社長の時には出なかった問題が噴出し「まったく後のことを考えていない!」と少しイライラが募っていたが、父の言葉で「創業者」を陸上競技になぞらえ理解した。

父親たち「創業者」は100メートル走だと思いスタート。それが200メートル、400メートル……、そして長距離となり、競技場を出てマラソン。疲れてきて「ああ、これは駅伝だったのか」と悟る。そして、そこから誰にタスキを渡すのかを考え始めるのか……。

「中小企業家同友会」は1957年に東京で誕生し、全国47都道府県、約4万4000人の会員を擁する経営者団体である。個人事業主を含む中小企業経営者とその後継者、それに準ずるもので構成されている。

58年前、なぜ「企業家」という名称を使って設立したのか経緯はわからないが、私はこの言葉に引かれる。

「企業家」と「経営者」は同義語で、「企業家」の「家」は「者」と同じ意味だ。しかし、武道家、茶道家などの「○○家」は、伝統技能などを継承する者を意味する。結婚式の看板、「○○家」は一族や家族全体を意味するが、夫婦・親子の綿々としたつながりも想像させる。さらに大きくなると「国家」だ。「家」という字は背景に縦軸と横軸、つまり「広がり」と「歴史」を背負った字だと思う。

いろいろな方から「企業は永続するのが原則」と教えられてきた。構成する従業員と代表、さらに大半のところは仕事も入れ替わることにより企業は存続する。

そのためにまず「企業家」は、その代表として、先代たちが創り上げ、守ってきたものを理解し、良いところは継承し、おかしなところは改革して、企業のかじ取りを行う。そして引継ぎ時期に向かって、先代からのものと自分が積み重ねてきたものを次の世代に託していく。

ところで昨今、後継者がいないことによる廃業が問題となっている。私は、この「後継者」という言葉に違和感を覚える。「後」の字に「前編、後編」で物語の完結を連想させられるからだ。

私は「後継者」ではなく、「中継者」の方が妥当だと考える。

後任を選び育て、次の「中継者」が意気揚々とスタートできるよう準備することは、前の「中継者」の仕事である。

タスキを渡したとき、「後は俺に任せろ!」とスタート。その背中を「頼もしい!」「あいつならできる」と感じながら送り出すことは、私たち「中継者」の夢だ。

当社に父の創るものにあこがれて入社してきた者がいる。私たちもこの父親のように、先ずは「あこがれ」や「目標」とされる「中継者」でありたいと思う。

八木氏

八木 仁(やぎ・ひとし)
栃木県中小企業家同友会代表理事。
神奈川県出身。民間企業に勤めた
後、1985年に熱成形加工のシンデ
ン(本社・小山市)に入社、97年
から社長。「成長戦略の根本は人」
とし全社員の年齢を構成表で管理。
先輩から後輩への技術伝承に力を
注ぐ。小山高専地域連携協力会副
会長。法政大卒。茨城県古河市在
住、55歳。

No.82_連載02:教えることは「共育」

連載 02 教えることは「共育」(下野新聞 2015年3月18日掲載)

連載02 下野新聞

私が大学を卒業し、採用してくれた会社は工業資材扱う商社だった。急成長中の会社で4月に入社すると、夏までには第二新卒、翌春には後輩ができるという状況だった。

そこで3年間お世話になり、父が創業した弊社に戻った。当時は自分より下の社員はわずかで、ちょうど10歳上が集中していて、自分の間に社員はいなかった。同業者も似たようなものだった。

私は団塊の世代より10歳下で、14歳の時に石油ショック(1973年)を経験した。日本は高度成長期で企業はそれまで継続して新規採用をしてきた。その後、石油ショックを機に今までより低成長となり、特に弊社のような製造業は採用控えるようになった。石油ショックから10年、私たちが23~25歳の就職年代に入ったころから各企業が採用を再開した。弊社もその時期、新卒者の定期的な採用ができなかったため、年齢構成に空白が生まれた。

しかし、以前勤務した会社は、市場が拡大していたことから採用を続けていた。入社して後輩ができたばかりでなく、先輩も一つ上、二つ上、三つ上とそろっていた。両社を見て、とりわけ社員教育に違いを感じた。

10年間後輩ができなかった人は、苦労して身につけてきたことでさえも、「当たり前のこと」と忘れてしまうようだ。教え始めて「なぜ理解できないのか?」となり、教えるのが面倒になり、最後は「見て覚えろ!」に落ち着く。

新卒者は、先輩や会社の教え方が悪いとは考えられないので、この会社は自分にはあっていないと考え速攻、退社してしまう。

前の会社では、指導の中心は入社2~5年の社員で自分たちが「わからなかったところ」「失敗をした事例」から教えてくれた。大先輩から緊張して教わるのとは違い、気安かった。象徴的だったのは全社的に「教えることと覚えることの限界」を意識していたことだろう。わからないことに対して、お客さまも含めて、周りに「聞く」ということを徹底的に仕込まれた。特に「聞けなかった」ということに対しては「なぜ聞かなかった」とよく叱られた。

このような経験から苦しい時もあったが、弊社はこれまで、毎年のように新卒者を採用してきた。そして前の会社で行われてきたように、入社3~4年の社員が中心となり新人を指導してきた。

数年前、新入社員として「一から十まで」教わっていた社員が、自身も大変だったという気持ちが残っているので、根気強く新人を指導してくれる。その社員たちは後輩ができたるたびに成長し、頼もしくなっていく。

上司や周りの社員も、新卒者がきちんと理解していたかを確認ができる。新入社員がよくつまずくところがあれば、全社的にどうすればよいかも検討できる。中小企業家同友会では「共育」「共に育つ」という言葉を使う。新卒者を採用していくことは、まさに、「共育」のベースとなっている。

No.82_連載03:合同説明会はつらいよ

連載03 合同説明会はつらいよ(下野新聞 2015年4月22日掲載)

連載03 下野新聞

現在各社で、来年度の新卒者を対象にした合同企業説明会、いわゆる合説が開催されている。新卒採用を計画している企業が一堂に会し、学生たちが関心のある企業の話を聞くというものだ。

机を挟んで、自社の業務内容を説明する担当者と熱心に話を聞く学生たち。そのような写真がこの時期になると、よく新聞に載る。

しかし現実は、企業の知名度等によって、学生が一人も座っていないというところもあるのだ。

私が社長に就任した直後、初めて参加した合説では、椅子に座り、キョロキョロし、時々ウロウロすること以外やることがなかった。午後1時から5時までの開催で、終了間際にやっと1人という状況であった。

合説への申し込みが遅かったので、メインの会場には入れず、外の廊下の一番端にブースが割り当てられた。机の横は喫煙所。タバコを吸っていた学生とは一言二言話しはしたが、前の席には来てくれなかった。

途中何回も参加企業ガイドを見ながら、会場の学生と企業の様子を確認した。
「どうしてうちには学生が来てくれないのか?」、「おかしい!」、「みじめだ!」と思った。

求人広告やハローワークでは、求職者が来ないとき、他社の状況が見えないので景気やタイミングのせいにできる。それが合説で、学生が座れず立って聞いている他社のブースなどを見てしまい、いろいろと考えざるを得なかった。

われわれ企業家の中には合説で同じような経験をし、会社を変えてきたという者が多い。この情けない合説は私にとっても経営の考えを変えるきっかけとなった。

企業には三つの側面がある。一つ目は「科学性」。どんな商品・サービスを行っていくのか。二つ目は「人間性」。社員との関係はどのようなものか。三つ目は「社会性」。関係先を含め社会との関係はどのように考えていくのかというものである。

当時の経営は、一つ目の「科学性」を重視し過ぎており、「地域」との関係性が強い残り二つの側面はおろそかになっていた。その後は「地域」での在り方も意識して、
三つの側面を強化してきた。

「中小企業家同友会」では、良い会社、良い経営者を目指すだけでなく、企業として存在していくために、地域社会も含めた経営環境の充実も目指している。会社、経営者が良くなっても、関係先そして地域に働く人がいなくなると、企業は回らなくなる
からだ。

他県に比べて栃木の若者は地元で就職するよりも都会で働きたいという人が多いと聞く。高校卒業後、修学のために離れることは仕方ないが、就職はぜひ県内を検討して
もらいたい。

ところで、県内の高校の評価にはいろいろあるが、人口減対策の観点から考えると卒業生が県内で暮らしている人の多い学校が良い学校ではなかろうか?

「地域に働くところがない」というのであれば、高校のカリキュラムに「起業プログラム」を組み込んでみてはと思う。

No.82_連載04:「アンパンマン」に学ぶ

連載04 「アンパンマン」に学ぶ(下野新聞 2015年5月27日掲載)

連載04 下野新聞

「そうだうれしいんだ 生きるよろこび たとえ胸の傷がいたんでも~」これはアニメ「アンパンマン」の主題歌「アンパンマンのマーチ」の出だしの部分である。

東日本大震災から3~4日後のある日、あるラジオ番組に「アンパンマンマーチを流してください」というリクエストがあった。放送されるやいなや避難所では、子どもたちがラジオに合わせて大合唱。それを聞いた大人たちは涙し感動した。それからラジオ局は連日この歌を流したという。

地震の後、事務所の電話が鳴らないので寂しいと感じ、ラジオをつけていた。私もこのアンパンマンのマーチを聞き、勇気づけられた。

20年前、子どもが2歳か3歳の頃、妻が「アンパンマン」の主題歌を聞くと涙が出そうだと言った。私にとって「アンパンマン」はテレビで垣間見る程度、曲は少し聞いたことがあるぐらいだった。歌詞をよく読んでみると確かに奥が深い。その後しばらくの間、携帯電話の着メロは「アンパンマンのマーチ」だった。

ところで「中小企業家同友会」では会員に「理念」「方針」「計画」の三つで構成されている「経営指針書」をつくることを奨めている。特に事業を行う上で、「理念」は経営者の社会に対する責任や社員に対する経営の基本的なあり方を表わしたもので重要と考えている。その「理念」を考える過程で、「自分は何のために経営をしているのか?」という問いにぶつかる。多くの経営者は、そんなこと考える暇なくいろいろな業務に追われてきているので、答えを出すのに少なからず苦労する。

「アンパンマンのマーチ」の最後は「みんなの夢を守るため」というフレーズで終わる。これを知った時、私にとって、先の問いの答えはこれだと思った。

「働く」ということには「生活」のためだけでなく、「かっこいい車に乗りたい」、「庭のある家に住みたい」、「子供を大学に通わせたい」、当社のある社員の夢などは「家に水族館を作りたい」といった夢も上乗せされている。よく「社長さんは社員やその家族の『生活』を支えているので大変ですね」と言われる。会社が傾いた時、「生活」の方は完ぺきとはいえないだろうが、雇用保険などでかなり守られていると思う。しかし、夢の方は修正を余儀なくされるであろう。だからこそ大変で、企業を維持させることはアンパンマンのようにみんなの夢を守っていくことだと思った。

先日、合同面接会に入社2年目の女子社員を連れて行った。学生から「あなたはなぜ入社しようと思ったのか」と聞かれ、「会社見学の時、こんな先輩方と共に働けたら楽しいだろうなと思ったから」と彼女は答えていた。それを聞いて、畑から予期せぬ「芽」が出たと思った。

「アンパンマンのマーチ」を意識するようになって20年、「みんなの夢を守る」ということは、「芽」を成長させ、すばらしい「実」がなるように、「会社」という「畑」を手入れしていくことだと考えるようになった。

栃木県中小企業家同友会

e.doyuバナー
バナー
バナー
バナー
バナー

▲Pagetop

Powered by WordPress / CIC