No.82_連載02:教えることは「共育」

連載 02 教えることは「共育」(下野新聞 2015年3月18日掲載)

連載02 下野新聞

私が大学を卒業し、採用してくれた会社は工業資材扱う商社だった。急成長中の会社で4月に入社すると、夏までには第二新卒、翌春には後輩ができるという状況だった。

そこで3年間お世話になり、父が創業した弊社に戻った。当時は自分より下の社員はわずかで、ちょうど10歳上が集中していて、自分の間に社員はいなかった。同業者も似たようなものだった。

私は団塊の世代より10歳下で、14歳の時に石油ショック(1973年)を経験した。日本は高度成長期で企業はそれまで継続して新規採用をしてきた。その後、石油ショックを機に今までより低成長となり、特に弊社のような製造業は採用控えるようになった。石油ショックから10年、私たちが23~25歳の就職年代に入ったころから各企業が採用を再開した。弊社もその時期、新卒者の定期的な採用ができなかったため、年齢構成に空白が生まれた。

しかし、以前勤務した会社は、市場が拡大していたことから採用を続けていた。入社して後輩ができたばかりでなく、先輩も一つ上、二つ上、三つ上とそろっていた。両社を見て、とりわけ社員教育に違いを感じた。

10年間後輩ができなかった人は、苦労して身につけてきたことでさえも、「当たり前のこと」と忘れてしまうようだ。教え始めて「なぜ理解できないのか?」となり、教えるのが面倒になり、最後は「見て覚えろ!」に落ち着く。

新卒者は、先輩や会社の教え方が悪いとは考えられないので、この会社は自分にはあっていないと考え速攻、退社してしまう。

前の会社では、指導の中心は入社2~5年の社員で自分たちが「わからなかったところ」「失敗をした事例」から教えてくれた。大先輩から緊張して教わるのとは違い、気安かった。象徴的だったのは全社的に「教えることと覚えることの限界」を意識していたことだろう。わからないことに対して、お客さまも含めて、周りに「聞く」ということを徹底的に仕込まれた。特に「聞けなかった」ということに対しては「なぜ聞かなかった」とよく叱られた。

このような経験から苦しい時もあったが、弊社はこれまで、毎年のように新卒者を採用してきた。そして前の会社で行われてきたように、入社3~4年の社員が中心となり新人を指導してきた。

数年前、新入社員として「一から十まで」教わっていた社員が、自身も大変だったという気持ちが残っているので、根気強く新人を指導してくれる。その社員たちは後輩ができたるたびに成長し、頼もしくなっていく。

上司や周りの社員も、新卒者がきちんと理解していたかを確認ができる。新入社員がよくつまずくところがあれば、全社的にどうすればよいかも検討できる。中小企業家同友会では「共育」「共に育つ」という言葉を使う。新卒者を採用していくことは、まさに、「共育」のベースとなっている。

栃木県中小企業家同友会

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