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No.196_コラム

コラム

「メンテナンスと商い」

今年は、台風や長雨が非常に多いと惑じている人も多いだろう。そうした災害を見ていると、私たちは一つの当たり前の事実を忘れているのではないかと思う。

千葉県の印稲沼周辺は、古くから洪水に悩まされてきた地域である。江戸時代には何度も治水や千拓が試みられ、18世紀後半には田沼意次のもとでも大規模な工事が進められた。しかし、洪水や田沼の失脚などによって完成には至らなかった。戦後の1946年から本格的な干拓が始まり、1963年には印施沼開発事業として進められ、1968年に完成した。

ここで重要なのは、干拓とは水を排除して土地を利用できるようにすることであって、土地そのものを高くすることではないということだ。

「水は低いところに流れる」。あまりにも当たり前の話である。残念なことに人間は、堤防を造り、排水路を整え、ポンプを設置することによって、この当たり前の法則を克服したような惑覚を持ってしまう。

技術の力は大きい。現在の印施沼でも、印施機場や大和田機場などの排水施設によって洪水を利根川や東京湾へ排出し、水位を管理している。でも、これは水が低いところへ流れるという法則を変えたわけではない。設備を動かし続けることで、水を人為的に移動させているだけである。ポンプが止まったり、排水能力を超える水が流れ込んだりすれば、低い場所に水が集まるという原則が再び表面に出てくる。これは災害だけの話ではない。

例えば人口問題も同じではないだろうか。高齢者が増え、子どもの数が減っていけば、やがて社会を支える人の数は減っていく。統計上の数字は、私たちの願望とは関係なく積み上がる。いま、日本の人口の再生産数はR=1.2人口を維持したいのであれば、そのための条件を整えなければならない。何もしないまま結果だけを変えることはできない。

インフラの問題も物理法則が働く。道路、橋、水道、下水道、公共施設などは、造れば終わりではない。むしろ、造った後からが長いのである。その維持管理の時間のほうが長い。

これは、具体的に建物を考えると分かりやすい。家を建てるとき、多くの人は建築貨や住宅ローンをまず考える。しかし建物には、その後も屋根、外壁、防水、水回り、給湯器、空調設備などの補修や交換が必要になる。最後には解体費も必要になる。

これらを合わせたものを「ライフサイクルコスト」と呼んでいる。国土交通省も、建物の企画・建設から運用管理、改修、解体・処分までにかかる費用全体をライフサイクルコストとしている。また、国土交通省の資料では、建築物の生涯費用のうち、およそ70%から75%程度を運用・維持管理段階が占めるという考え方も示されている。

つまり、建物は「建てること」よりも、その後の「持たせること」に手間とお金がかかるのである。

塩野七生の『ローマ人の物語」でも、ローマの強さを支えたものとして街道、橋、水道などのインフラが取り上げられている。そこでは、メンテナンスの重要性も語られている。巨大なインフラは、造ることだけでなく、長い時間維持されて初めて価値を持つ。

でも、維持するという行為は地味で、成果が見えにくい。新しい道路、新しい建物、新しい設備は目に見える。しかし、壊れないように点検すること、故障する前に部品を交換すること、災害に備えて排水設備を動かせる状態に保つことは、普段はほとんど評価されない。それでも、社会を支えているのは、こうした日常の積み重ねである。

ここに商いにも通じるものがある。

会社も、商品も、設備も、顧客との関係も、つくった瞬間が完成ではない。会社をつくれば、その後は維持しなければならない。機械を入れれば、整備しなければならない。顧客を得れば、その関係を育てなければならない。

商売でも同じだ。新規顧客を一件取ることは目立つ。しかし、既存の顧客との関係を守り、社員を育て、機械を手入れし、資金を残すことは目立たない。だが、会社を長く続けるには、むしろこちらのほうが重要である。

問題が起きてから直すのではなく、起きる前に手を入れる。そのためには、将来必ず発生する費用や手間を「まだ起きていないこと」として無視せず、現在の経営判断に織り込んでおかなければならない。

人間は技術や制度によって問題を見えなくすることはできる。しかし、根本にある原理そのものを消すことはできない。

水は低いところへ流れる。物は古くなる。人は年を取る。人口は数字として積み上がる。造ったものには維持費がかかる。

どれも当たり前のことである。

しかし商いでも社会でも、本当に怖いのは、この「当たり前」を忘れることなのではないか。目の前で問題が起きていないから大丈夫なのではない。なぜ今うまくいっているのか、その状態を維持するために何が必要なのかを考え続ける。

商いとは、案外そういう「当たり前」を見失わないことなのかもしれない。

[文責]石綱 知進(専務理事)
株式会社共立 代表取締役

栃木県中小企業家同友会

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